遺言は、遺言者の死後に効力を持ちますが、そのタイミングでは遺言者に遺言の内容を確認することはできません。そのため、遺言の偽造などを防止する必要があり、民法で定めている方式以外では有効に遺言をすることはできません。
このページでは、民法で定められている7種類の遺言方式について解説をします。
遺言とは、所有している財産・権利の処分についての意思を遺言者の死後にまで認める制度です。相続が開始されると、その遺産は相続人が継承することになりますが、遺言を行うことで遺言者の意思によって財産・権利の処分を決めることができます。また、遺言は民法で定められている形式でしなければならず、書面で作成した場合にはそれを遺言書といいます。
遺言の内容は遺言者によって異なりますが、相続が開始されたときに発生する可能性がある紛争を予防し、円満な相続を実現できるような内容にしましょう。そのためにも、遺言書の作成は専門家に依頼することが重要です。
遺言書の必要性とメリットについては、こちらの関連記事で紹介しています。
民法で定められている遺言の種類は7種類ありますが、その中でも、通常の場合に作成される遺言(普通方式の遺言)と、特別な事情があるときのみに作成される遺言(特別方式の遺言)に分類することができます。
特別方式の遺言は、普通方式の遺言と比べると簡単に作成することができますが、特別な状況のみに限られていますので、多くの場合では普通方式の遺言を作成することになります。
普通方式の遺言には、自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言の3種類があり、特別方式の遺言には、死亡危急時遺言・船舶遭難時遺言・伝染病隔離時遺言・在船時遺言の4種類があります。そのため、遺言には7種類あるということになります。
普通方式の遺言 | 特別方式の遺言 |
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遺言書を作成しようと考えたとき、ほとんどの場合には普通方式の遺言、特に自筆証書遺言か公正証書遺言のどちらかを作成することになります。
まずは、3種類の普通方式の遺言がそれぞれどのような遺言かについて解説します。
自筆証書遺言とは、遺言者が全文を手書きし、これに署名・捺印することで成立する遺言です。また、遺言書の内容を変更する場合には、変更する場所と内容を付記した上で署名をし、変更する場所へ印を押さなければなりません。平成31年1月13日から新相続法が適用され、各ページに署名・捺印をすることで財産目録についてはPC・ワープロでの作成が可能となりました。
民法 第968条
自筆証書遺言によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第997条第1項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全文又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書に因らない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
ちなみに、遺言書の全文などが、カーボン紙を用いて複写形式で記載されていたとしても自筆として認められるという判例や、指印でも有効とする判例もあります。ただし、後でトラブルの原因になる可能性もありますので、全文を直接手書きし、しっかりと捺印することをおすすめします。
自筆証書遺言のデメリットとしては、手書きの労力がかかり修正が難しい、偽造の可能性がある、遺言執行のためには家庭裁判所の検認が必要になるという3つがあります。
手書きの労力については、現在すでに財産目録をPC・ワープロで作成することができるようになっています。さらに、令和2年7月10日からは遺言書保管法によって、法務局で遺言書を保管してもらえるようになり、保管された遺言書は検認が不要です。この制度を使うことで、偽造の心配や検認の手間はほとんどなくなるでしょう。
遺言書保管法 第11条 民法第1004条第1項の規定は、遺言書保管所に保管されている遺言書については、適用しない。
公正証書遺言は、2人以上の証人の立会いが必要、公証人に作成してもらわなければならない、遺言者と証人が内容を確認して署名・捺印をしなければならないなどの条件があります。そのため、公正証書遺言を作成するまでのハードルは、自筆証書遺言よりも高いです。
民法 第969条
公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人2人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。
しかし、公正証書遺言で遺言書を作成した場合には、法的に有効な遺言を作成できる可能性が高い、検認手続きが不要になる、などといった多くのメリットがあります。
自筆証書遺言にすべきか、公正証書遺言にすべきかは個々の事情によっても異なりますので、弁護士、行政書士などの専門家に相談してみるようにしましょう。
秘密証書遺言とは、内容を生前誰にも知られることなく遺言書を残すことができる遺言です。秘密証書遺言も、自筆証書遺言を自宅などに保管していた場合と同様に検認が必要になります。
自筆証書遺言の場合は自宅で誰かに見られてしまう可能性がありますし、法務省で保管してもらったとしても、遺言書保管官が内容を確認します。公正証書の場合も、証人と公証人が内容を知ることになります。そのため、生前に内容を誰にも知られたくない場合には秘密証書遺言が選ばれます。
ただし、秘密証書遺言は検認が必要になりますし、自筆証書遺言と同様に内容の有効性について後で争いになる可能性もあります。遺言書の作成を依頼した専門家や公証人、証人から遺言書の内容が外に漏れることは通常考えられませんので、専門家に依頼をして自筆証書遺言か公正証書遺言の作成をすることをおすすめします。
民法 第970条
秘密証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 遺言者が、その証書に署名し、印を押すこと。
二 遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
三 遺言者が、公証人1人及び証人2人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。
四 公証人が、その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともにこれに署名し、印を押すこと。
通常の場合に作成される遺言は、自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言の3種類でした。ここでは、特別な事情がある場合のみ作成することができる、特別方式の遺言について紹介します。ここで解説する特別方式の遺言が使われるケースは非常に稀です。
ただし、ここで紹介する遺言は、遺言者が普通方式の遺言をできるようになってから6ヶ月生存した場合は、無効になってしまいます。
民法 第983条
第976条から前条までの規定によりした遺言は、遺言者が普通の方式によって遺言をすることができるようになった時から6ヶ月間生存するときは、その効力を生じない。
死亡危急時遺言とは、病気や交通事故などで余命がわずかな状況に限り、口授で遺言を行うことができるものです。口授を受けた人は内容を筆記して、遺言者や他の証人に確認をとり、筆記したものに署名・捺印をしなければなりません。
ただし、家族などの利害関係者ではない証人を3人以上用意しなければならないなど、有効に死亡危急時遺言を行うことは難しいです。
いつ何が起きるかはわかりませんので、まだまだ元気であったり、若かったりしたとしても、事前に普通方式の遺言書を残しておくことが重要です。
民法 第976条
疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは、証人3人以上の立会いをもって、その一人に遺言の趣旨を口授して、これをすることができる。この場合においては、その口授を受けた者が、これを筆記して、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、又は閲覧させ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押さなければならない。
2 口がきけない者が前項の規定により遺言をする場合には、遺言者は、証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述して、同項の口授に代えなければならない。
3 第一項後段の遺言者又は他の証人が耳が聞こえない者である場合には、遺言の趣旨の口授又は申述を受けた者は、同項後段に規定する筆記した内容を通訳人の通訳によりその遺言者又は他の証人に伝えて、同項後段の読み聞かせに代えることができる。
4 前三項の規定によりした遺言は、遺言の日から20日以内に、証人の一人又は利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない。
5 家庭裁判所は、前項の遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができない。
深刻な伝染病などで行政によって隔離されている状況になってしまった場合には、公正証書遺言や秘密証書遺言を作成することができませんので、警察官1人と証人1人以上の立会いによって遺言書を作成することができます。これを伝染病隔離者遺言といいます。
また、刑務所に入っていたり、震災などの被害で孤立してしまったりしている状況であっても、伝染病隔離者遺言の制度を利用することができます。
民法 第977条
伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所に在る者は、警察官1人及び証人1人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。
在船時遺言とは、航海中の船に乗っているという状況にある人が、船長か事務員1人と証人2人の立会いのもとで作成することができる遺言です。ここでいう事務員とは、船の航海士、機関士、通信士などのことをいいます。
在船時には公証人がおらず、公正証書遺言や秘密証書遺言の作成をすることができませんが、自筆証書遺言の作成は可能ですので、通常であれば自筆証書遺言の作成をすれば十分でしょう
民法 第978条
船舶中に在る者は、船長又は事務員1人及び証人2人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。
船舶遭難時遺言とは、航海中の船で死の危険が迫っている状況になってしまった場合に、証人2人以上の立会いをもって口頭ですることができる遺言です。
死亡危急時遺言を作成する場合には証人が3人以上必要で、口授したものを筆記するなどの作業が必要でしたが、船舶遭難時遺言は航海中の船の上という事情からより簡易的に遺言をすることが可能となっています。
民法 第979条
船舶が遭難した場合において、当該船舶中に在って死亡の危急に迫った者は、証人2人以上の立会いをもって口頭で遺言をすることができる。
2 口がきけない者が前項の規定により遺言をする場合には、遺言者は、通訳人の通訳によりこれをしなければならない。
3 前2項の規定に従ってした遺言は、証人が、その趣旨を筆記して、これに署名し、印を押し、かつ、証人の1人又は利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない。
4 第976条第5項の規定は、前項の場合について準用する。